過去の預金封鎖
2019.4.12

株式会社AWARDです。

新しい紙幣のデザインが発表になる中、過去の日本の歴史の中で行われた預金封鎖や新円切り替えのことも知っておくと良いかもしれません。本日は第二次世界大戦の前後に日本で行われた預金封鎖と新円切り替えについてご紹介したいと思います。

日本であった債務不履行


債務不履行とは、借りたお金を故意や過失によって返さない、つまり債務を履行しないことを指します。 デフォルトとも呼ばれていますね。最近の事例としてはギリシャやアルゼンチンの例などが有名で、それらの国の債務不履行では世界経済も大きく影響を受けました。そして、このような債務不履行は日本でも過去に行われたことがあるのです。

日本は明治時代に入ってから、日清戦争や日露戦争などの戦争をしてきました。その戦費を確保するために国債の発行を行い、それを諸外国に買ってもらい戦争を続けるということを行ってきたのです。そして1941年に太平洋戦争に突入して間もなく外国に対する国債への利払いを停止しているため、債務不履行の状態になっていたのです。

預金封鎖と新円発行


こうした外国への利払いを停止した後も、戦費の確保は国債の発行で賄われていました。発行された国債の多くを、日本銀行が引き受けるという仕組みで戦費を調達していたのです。日本銀行が国債を引き受けるという点においては現在の日本の状況とも似ているところがあると言えます。こうして戦費を調達して続けられた戦争でしたが、結果的には敗戦となり、その後にはかなり厳しい事態が国民へと課せられることになりました。

まず決定したのは財産の没収にも近い高率の財産税の課税でした。不動産や現預金をターゲットとして、最大90%という所有物に対する財産税が課せられたのです。そして1946年2月に行われたのが、『預金封鎖』と『新円切り替え』でした。スムーズに財産税の徴収を行うために行われたともされ、資産の差し押さえや資産把握も狙いとなっていたようです。このときは世帯主が300円、世帯員1名につき月額100円の引き出しだけが認められるという厳しいルールのもとに預金の使用も制限され、新円の発行とともに戦前に国民が持っていた資産はほぼ無価値となってしまったそうです。

歴史を活かす


こうした歴史があるのを知っておくことは大切なことです。今回の新紙幣の発行と第二次世界大戦前後の混乱期を比較するのは極端かもしれませんが、実際にこうしたことは過去に起きていたということです。国民の資産を把握したいというのは、マイナンバー制度などの政府の近年の動きからも見て取れますし、日銀が国債を引き受けている状況は戦中に似ているところもあります。また政府の対GDP比の債務残高も戦時中にかなり近いものがあります。

法治国家で上記のような預金封鎖が行われることは考えにくいとは言え、世界を見渡すとキプロスにて最近行われた事例もあります。歴史は繰り返す、という言葉もあるくらいですから、なにかあった際に自分の身を守れるように、うまく資産を分散しておくことも大切かもしれませんね。

カテゴリーから記事を探す