預金封鎖と財産税

株式会社AWARDです。

本日8月15日は終戦から72年となる終戦記念日でした。正午に黙祷をした方も多かったのではないでしょうか。北朝鮮と米国の対立も深まる中、この国も72年前まで戦火の中にあったことは忘れてはならないことでしょう。

戦争と経済


72年前に敗戦国となった日本は、経済面でも過酷な状況に追い込まれました。混乱する終戦直後の日本経済の中で物不足を原因とする急激なインフレが起こり、多くの方が食べるものにも困るような状況であったと言われています。また大量の戦時国債を発行していた日本政府は、国民の財産を吸い上げる預金封鎖、新円切替、財産税の実施を決断します。その時のことに少し触れてみましょう。

急激なインフレ


戦後に実際にあった急激なインフレは、東京都の小売物価指数から読み解くことができます。

【東京都小売指数】
1945年 3.084
1946年 18.93
1947年 50.99
1948年 149.6
1949年 243.4

これを見ると1945年から1949年にかけての5年間で物の値段は約79倍へとなっていることが分かります。つまりたった5年間でお金の価値が79分の1に減ってしまったということにもなります。どんなにお金があったとしても、物がなければそれを手に入れることができません。物がない状況でのインフレというのは、悪性のインフレになりやすいのです。現代の日本はものに溢れているので、このような悪性インフレは起こりにくいでしょうが、他の国などでは現代でも実際に起こっている事象でもあります。

預金封鎖と財産税


また政府が断行した預金封鎖と財産税が、このような悪性のインフレのもう一つの原因となったとも考えられています。1946年2月にインフレ防止の金融緊急措置令として、預金封鎖が発動。預金の1日の引き出し額に制限を設けた上で、ある期日から新円のみが使用を許可されるというものでした。1日の引き出し額に制限を設けることで、期間内に全部の財産を新円に換えることができず、多くの方が旧円で保有していた財産を失ったそうです。またこれに合わせて財産税も導入され、財産所有額が10万円を超える国民に対して25~90%の課税が行われました。1500万円超の財産を持っていた方は、90%の資産が税金として徴収されてしまったことになります。戦後の混乱期を乗り越えるという名目で、大きく国民の所有財産が侵害された時期があったということですね。

現在の日本も政府債務残高のGDP比率は2倍以上であり、その数字だけ見ると戦後の預金封鎖が行われた時に近いものがあります。10年国債金利が0%付近で推移している現状では財政リスクが明らかにはなっていないと言えそうですが、過去の歴史にこのような事実があるのは知っておいても良いかもしれません。

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